HUNTER×HUNTER(ハンター×ハンター)冨樫義博は漫画を描く才能に恵まれただけ

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HUNTER×HUNTER(ハンター×ハンター)は面白い。
すごい面白い。
冨樫義博が描くストーリーは綿密で独特な世界観を持っている。
でも、休載が多い。
なぜ、冨樫義博はここまで休載するのか?
体力の問題?病気?やりたいことが違うのか?

才能とやりたいことは比例しない

多くの人が思うこと。

  • 「才能があるんだから、頑張れば大成功するのに」
  • 「なんでもっと努力しないの?」
  • 「才能の無駄遣いだよ、もったいない」
  • 「才能を分けてほしいよ」
  • 「俺に才能があったら、絶対に努力するのに」

ってお思いでしょう。
拙者もそう思っていました。
でもね、才能がある人はその才能が欲しかったの?

例えば、道を歩いていたとして、いきなり

  • 「あなたはカバティの才能がある、絶対に」
  • 「一緒にカバティで世界一を目指そう」

って言われたらあなたどうしますか?


誘ってくれた人は、世界でトップクラスのカバティ選手。
カバティ界では、最高クラスの選手であり、才能を見抜く目があることで
有名だったとします。
その人の言うとおり頑張れば、カバティの選手になれるかもしれません。
無論、すさまじい努力は必要でしょうけど。

この状況であなたはどう決断しますか?

学生なら、部活を辞めてカバティを始めますか?
社会人なら一念発起してカバティに挑戦しますか?

  • 「いやあ、カバティやらない」
  • 「急にそんなこと言われても、興味ないし」
  • 「そもそもカバティって何?」

挑戦するって決断を下す人は少ないでしょう。
そうなんです。

才能があるってだけで、努力を義務付けられたくないんですよ。

自分が好きじゃないことで才能があっても迷惑なだけ。

今回例にしたのが、カバティというマイナー競技なので、多くの人が
断ったかもしれません。
でも、あなたの周囲を見渡せば才能があったけど努力しなかった人いませんか?

  • 「あっ!いたいた。クラスで足が速かった子」
  • 「野球上手いのに、部活は断っていた人」
  • 「スポーツ万能なのに、バイトばっかりやっていた奴」

そうそう、いるでしょ。
あなたの周囲にも、彼ら彼女らは才能に恵まれていたかもしれませんが、
周囲から望んでもいない期待をかけられることが嫌だったのでは。
拙者も昔、足が速かった人に質問したことがあります。

  • 「足が速くたって、走るのがきつくないわけじゃない」
  • 「走るのが楽しいと思ったことは一度もない」
  • 「好きで代表に選ばれている訳じゃない」
  • 「代表に選ばれればきつい練習が待っている」
  • 「全国大会に行けば、才能がある人なんてゴロゴロいるよ」

って回答でした。
足の速い人にしか理解できない悩みがるんですねぇ。
運動会の花形でも、悩みはあるんですね。
才能があるだけで努力することを義務付けられたくない。

ってのが、本音では。

才能だけでプロになり堕落する選手たち

ただ、才能だけでちょっと練習しただけで多くの結果を残しプロになってしまう
人がいるのは事実。
彼らは、別に普通に練習しただけで他人とは並外れた結果を出してしまう。
そして、プロ選手としてスカウトされていく。
別に好きでもない競技で。

  • 「所詮、プロは才能なんだなぁ」
  • 「上に行く奴は元々天才なんだ」

こう思ってしまうほど、凡人と天才の差がある。
周囲も一目置くような存在感を新人の頃から醸し出している選手がいる。
当然、自分自身が神に選ばれた選手であるかの如く。
監督、コーチなども特別扱いをし、本人も周囲の期待に応えるように
練習に励んでいく。
ただ、残念ながら名選手か迷選手になるかの分かれ道が存在する。

それは、

  1. 自分を律する心があるか。
  2. プロとしての心構えがあるか。

プロになれば、好きとか嫌いとか言っていられない。
すべて結果を残すことでしか、自分自身の価値を証明できない。
しかし、努力しなくても結果さえ出せば、周囲は何も言えなくなってしまう。
結果をだせば、プロ選手として多額の報酬を獲得でき、周囲が自分を見る目も
憧れの眼差しで見てくれる。
夜の街に繰り出せば、多くの女性がちやほやしてくれる。

ここで、今までやっていた練習を継続できれば問題ない。
しかし、多くの堕落していくプロ選手はここで、夜遊びにふけってしまう。
そうなると、プロ選手なのか、プロ夜遊び人なのかの区別がつかなくなっていく。
自分の中で、主体が崩れていく。

プロ選手をし、結果を出した息抜きとして夜遊びに繰り出す。
これが、本来認められる姿。

しかし、夜遊びに繰り出すために、プロ選手として結果をだそうとする。
夜遊びが主体になっていく。

夜遊びを繰り返せば、朝起きられなくなり、練習時間が限られる。
体調管理もままならない。
二日酔いで試合にのぞむことさえある。

でも、夜遊びがやめられないのだ。

それ誰のこと言っているの?
清原?

確かに、清原選手は夜遊びが派手であったのは有名。
若い時からすごい才能を持っていたし、王選手、長嶋選手を超える結果を残すとさえ
言われていたほど。
しかし、ひたむきにプロ野球に取り組んでいく中で、夜遊びにシフトしていった。
結果、どうなった?
堕落していったでしょ。

サッカー界。特に南米出身のサッカー選手にはこの堕落する傾向が強い。
ロナウド、アドリアーノ、ハメスロドリゲスなどなど。
スター選手になり、多額の報酬が手に入った途端、練習に来ない。
夜遊びに毎晩繰り出す。
サッカーのプロ選手から、夜遊びのプロ選手へ華麗なる転身を遂げてしまう。
そして、堕落していく。

話がプロスポーツ選手に飛んでしまったが、すべての才能のあるプロに共通して言えることではないでしょうか。
漫画家、野球選手、サッカー選手、落語家、芸術家、歌舞伎役者なんでも共通する。
努力と才能とやりたいことは違うってこと。

才能があってもやりたいことは個人個人違う。

そして、多額の報酬を手に入れるとやりたいことに力が入る。

恐らく、冨樫義博にとって漫画を描くということは一番ではないだろう。
他にもっとやりたいことがあるのだろう。

HUNTER×HUNTER(ハンター×ハンター)の続きが読みたいが
これは、富樫義博が描きたくなるまで待つしかない。
あと、金欠になれば嫌でも漫画を描くだろう。

残念だけどね。
ってか、どれくらい休んだら描いて頂けるのでしょうか。

結論

天才って羨ましい。
でも、才能に恵まれているからといって本人が幸せとは限らない。
自分がやりたいこと、好きなことがあって、その才能があれば幸せかもしれない。
でも、才能があっても努力が必要であり、努力し続けるのは苦痛、苦労が伴う。

どんなことでも楽な道はないってことか。

どんなプロにも憧れるが、プロにはプロとしての辛さがある。
ある意味、一般人のほうが楽なのかもしれない。

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